2004年06月19日

連作小説(3)『ソフトウェア』

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[前作まで]

ソフトウェア(1)
ソフトウェア(2)

*  * 

妻の不義についてどう理解すべきか思いあぐねた俺は、答えのない質問のループに押しながされていく。
それは暴走プログラムのように、指令塔である俺を無視して心に割り込んできた。ヘタをすると、そのまま何時間でも俺はそれについて考えることができた。いや、それしか考えられなかったのだが。
金利が引き上げられた? 知るか。解散総選挙? 知るか。エネルギー危機? 知るか。すべて失せろ。俺の危機は連日、俺の頭のなかの印刷所の輪転機でグルグルと回転ドラムによって刷られている。見出しが瞼の裏側で踊る。

さえない中年、妻の情事で悶絶

間男に体液をかけられたような人生

生活力純減、長期化の懸念に同僚は抱腹絶倒

近所の酒屋 アルコール特需でレジ新調

*  * 

俺は飲み続けた。常に酩酊していた。
酔っていないときは自慰をしているか、仕事をしていた。独りで夜を迎えるのが陰鬱だった。大量のアダルトDVDを借りてきて、ソファーに座ると酒を呷りながら、喘ぎ声と肉体が発するさまざまな空虚な音をBGMにして自分すら気がつかないうちに寝ていた。

*  * 

日常の仕事はなんとか凌いだ。いや、むしろ、がむしゃらに働いていたくらいだ。仕事によって、俺というハードウェアへの入力と出力を高度に単純化していたといえる。IFこれをやったらTHENあれをやろうELSE家でも帰るかってな具合。複雑な処理を与えると、あれこれ心は頼んでもいない処理を始め、最後は無限ループに至る。それはお断りだ、少なくとも昼間は。

俺の会社のクライアントはたいがい政府だった。今回、クライアントは新宿にある不動産屋の未来に対して評価を依頼してきた。俺の会社は、「それならお任せください。適任者がおります」と言い、すぐに俺をこの案件の担当にした。なんのことはない、俺が新宿区に住んでいるからさ。
クライアントはその不動産屋に対し、さらなる権力を与えるかどうかをあらゆる角度から検討しているとのことだった。

その不動産屋は偏屈な男だった。依怙地さが目立ち、自分以外はすべて間違いだという態度で臨む人物だった。しかし、一方では間抜けな取り巻き共にそのように誤解させておくことが得策だと知っている商人だ。体躯は屈強そうで、遭難しても蛇や自分の小便を口にしながら生き残るタイプに思えた。俺はこの男の担当として1カ月近く働いた。
俺の仕事がそろそろ佳境にさしかかろうかというとき、男はオフィスで帰宅しようとしていた俺を電話で呼び出すと、区内の高級ホテルのラウンジに至急来るように告げた。

*  * 

ホテルのラウンジでその不動産屋は深々とソファーに沈み、クッションのなかに溺れるようにして座っていた。
俺が到着すると、男はポケットからデジカメを取り出した。
男はそれを再生モードにすると、小さなパネルに一枚のスナップを映し出し、俺に見せた。
写真には20代前半と推測される足首のきれいな、南アジア系の娘が白いスーツ姿で映っていた。

「私の養女だ。ところで、あんたに子どもはいるかね?」
俺はかぶりを振った。
「きれいな娘さんですね」
「そう思わない男がいるものか」
やれやれ、とんだ戯れ言だ。俺の残業代はつくのかね。
「アッバイという港町で乞食をしていたのを拾ってきたのだよ」
「それは、どこの国ですか?」
男は俺の質問を無視した。教訓1。成り上がりの支配者は他人の言葉を必要としない。
「あいつを10年前にこの国に連れてきたんだ。それから人間らしい教育を施し、作法や教養ってものを教え込んでやったのよ」
「よく見ると、かなりの美人ですね」
俺の世辞は歩合にできないものか。

男はふんと鼻を鳴らすと、さらにほかの写真を表示して、デジカメの冷たい筐体を俺に無言で渡した。
そして、鋭い眼光とともに俺を見つめた。
俺は激しいショックを受けた。
写真では、さきほどの娘があられもない姿でいた。
全裸で椅子の上に腰を下ろして、股間をおっぴろげていた。両足の大腿部を自分の手で持ち、Mの字に開脚している。
燃えるような陰部の赤い色が不自然にハレーションしていた。
男は俺に対する挑戦のように、いまではぎらぎらと燃える瞳で俺を見つめていた。

「ところで、最近は土地も無体物の債権として扱われるようになり……」
俺は話題をそらした。
男は俺に詰問する。
「どうなんだ、え? 感想はどうだ?」
「そろそろ帰社しないとまずいなあ。仕上げなければならないレポートが山ほど……」
「あんたなら理解してくれると思ったんだがね」
男は激しく落胆したようだった。この変態め。
「あんたが感想を答えてくれるなら、もっと凄い写真を見せてやる。誓ってもいいがね。ウィスキーのボトルを突っ込んでいるやつや、掃除機と……」
「では、私はそろそろおいとまを……」

不動産屋は氷塊に座礁した船のように、そのソファに再び深く沈んだ。轟沈。いや、剛チンか。正直言って、俺は後から思うと、もっと見たかったと思うこともある。しかし、そのときは嫌悪が先立った。俺は駆け足でホテルの回転ドアから飛び出した。外は雨が振っていた。そぼ降る小雨のなか、派手なネオンが街の壁面に輝き、それは毒々しい色で俺を愚弄していた。

「3割、4割引きは当たり前」
「安さ爆発」

自宅に戻った俺は、缶ビールをしこたま飲んだ。俺の心にはあの不動産屋が見せた写真が焼き付いてしまった。聞いたことのない港町で乞食をしていたという、いまでは身なりの慎ましい美形の女の陰部が忘れられない。露出過多で、そこは大きな穴になっていた。Lowレゾリューションの空虚だった。

俺の妻もあんなふうに穴が空いていたのだっけか。

*  * 

その翌晩、俺は徹夜でレポートを書き上げた。
会社がクライアントに提出するそのレポートに俺の評価を記さねばならなかった。
あの不動産屋の未来における価値の試算書である。
俺の手はハサミで、それを使って誰かの命運をチョキチョキすることも自由だった。そして俺は、その作業が好きだった。俺はこの仕事を愛している、と心底思える瞬間だ。俺に気にかけられないということは大きな過ちだ。愚か者め。

俺は不動産屋に幕引きを宣告する。
あんたはもうダメさ。これ以上、カネを儲けても意味がない。さあ、退け。チョキチョキしちゃうぞ。ヒューマニストのお人好しタイムは終わったのだ。
役人たちが俺のこのレポートを読んで、あの男に最終宣告をするに違いなかった。
国はカネを貸せない、これ以上どんな事業にも関わらせない。なぜなら、あんたを侵食している大きな空虚はもはや手が付けられないほどのレベルに育ってしまった。失敗した野心家は皆そうだ。ファーストクラス、高級外車、会員制ラウンジの本革シートはあんたを支えてくれない。高級ワイン、早朝のゴルフ、トロール船をチャーターしたマグロ釣りも、あんたを慈しみはしない。あんたは自分が釣っている魚について思いを馳せるだろうが、足下を見てみろ。空虚という名の大きな海にあんたが釣られたのだ。

俺は計算書をまとめた。
「かかる計算式によって導きだした結論からすると、本件の調査対象とした人物の無体物のすべては、2年後に現在価値の31%まで目減りします。3年後にはさらに……」
俺は続けた。

「3割、4割引きは当たり前」
「安さ爆発」

*  * 

「いったいなにが不満かね」
俺はお前たちにそう問いたい。
お前たちはいつも不服そうな顔をして電車に揺られている。
さもなきゃケータイをいじっているか、アホヅラで低能な芸能人がどうしたとか、いう広告を読んでいる。センスのかけらもない貧乏臭い化粧ばかり気にしている。それが高度な文化がもたらした結果だとしたら、昔の奴らは全員絶望し、我先に自決しただろう。

おい、そこの疲れきっただっせえオヤジ。誇りというものがあるのか、あん?
おっと、窓に映った俺だった。

俺はくらくらする。

*  * 

俺は妻のケータイに電話をかける。料金は俺持ちなのだが。
応答するのは、いつも留守電のクソ声だ。そして、妻がこの残されたメッセージを聞くことがないことも知っている。

「やあ、また俺だよ」
俺は携帯の受話口に呟く。

「もう俺はダメだ。昨日は山手線に乗ったまま一周しながら夜景を見ていた。もう俺には自分が誰だかわからないし、お前が存在したのかすらおぼつかない。いまのはちょっと文語チックだったかな。まあ、いいだろう。気にするもんか。お前がいないんだから、何をどう気にしたらいいんだ。ああ……いまでは世界から俺とお前が消えかけていく。明日にはもう何も残っていない……」

俺は携帯に向かって泣きじゃくる。
そばで見ていた若いOLが怪訝な顔で俺を見ている。
ほっとけ、ブス。

「もしもーし、もしもーし。これが最後のメッセージだよ。なぜなら来月から俺はこの電話を解約しようと思っている。もう限界だ。いつもこの電話が鳴ると信じて過ごすには人生は短いし、俺はもう若くない。街を歩いていて電子音が聞こえただけで、お前からの電話だと思って飛び上がるほど嬉しくなるが、それがパチンコ屋かなんかのBGMだと知ったときの落胆と失望の度合いがお前にはわかるか? もう限界だよ。俺はもうダメなんだ。朝起きたとき、どうか俺が本当に自由だと思える日が来ることを祈っておくれ。お願いだ。さようなら、無言でいいから、気が向いたら電話してくれ。お願い……」

留守電の録音時間が終了する。
ピピピと不快な電子音が鼓膜に到達する。
教訓2。世界をシンセサイザーの安っぽい音が支配し、暴君のように静寂を追放する。



ソフトウェア(4)

Posted by koba at 2004年06月19日 16:28 | トラックバック

コメント

結局「空虚」とうまく付き合えない時には、自分を亡くすしかないんだなぁ〜と再確認しちゃいそうな。いまの自分としては、ちと恐ろしいです。
裏を反せば読みやすいという意味です。
このあとも頑張ってください。
楽しみにしてます。

Posted by: アルーム at 2004年06月22日 19:32

アルームさん、コメントをどうもありがとう。

Posted by: koba at 2004年06月23日 08:29

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>茖域帥潟с
>綣泣c
>罐純帥障
I do not agree. Go to http://www.smallmotel.info/courage_France/indiscipline_Centre/puzzle_Tours_1.html

Posted by: puzzle Tours at 2006年11月27日 18:27

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>茖域帥潟с
>綣泣c
>罐純帥障
I do not agree. Go to http://www.voiceperformance.com/monopolist_United%20Kingdom/unsociable_England/drown_Exeter_1.html

Posted by: drown Exeter at 2006年11月27日 20:34

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>茖域帥潟с
>綣泣c
>罐純帥障
I do not agree. Go to http://www.hotel-algarve.ws/algarve100_en/United_States/Florida/Jacksonville-hotels.html

Posted by: Jacksonville hotels at 2006年12月07日 09:21

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>綣泣c
>罐純帥障
I do not agree. Go to http://www.hotels-makeyourchoice.net/mychotels_en/Australia/New_South_Wales/Sydney-hotels.html

Posted by: Sydney hotels at 2007年01月08日 18:43

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I do not agree. Go to http://www.alabamajob.info/unexpired_Austria/non_Western%20Austria/nom_Salzburg_1.html

Posted by: nom Salzburg at 2007年01月19日 20:08

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>綣泣c
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I do not agree. Go to http://www.dutiesz.info/octet_Portugal/ins_Lisbon%20Coast/devitalize_Lisboa_1.html

Posted by: devitalize Lisboa at 2007年03月15日 17:22

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>綣泣c
>罐純帥障
I do not agree. Go to http://www.healthworkz.info/grow_France/cherry_Midi%20Pyr%C3%83%C2%A9n%C3%83%C2%A9es/polygamist_Toulouse_1.html

Posted by: polygamist Toulouse at 2007年03月21日 23:10
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