書架を整理していたら、面白い本を見つけた。
『アヴァン・ポップ』(ラリイ・マキャフリィ 巽孝之×越川芳明編 筑摩書房)である。
95年に刊行されたものだけれど、当時、文学の衰退、高度資本主義下における記号化、越境するカルチャーなど、さまざまな変遷を経て表出してきた言葉である『アヴァン・ポップ』について、多義的に迫ろうという大著。いや、懐かしい……
アヴァン・ポップって感覚的に理解していただけで、「じゃあ、何?」っていわれると言葉に窮してしまうわけで。そこで本書を紐解いてみよう。そして、『アヴァン・ポップ』とは何だったのか、確認してみたい。言及している箇所を引用しよう。
さしあたって、まとめるなら、アヴァン・ポップは、第一に境界領域概念であり、第二に既成の文化的準拠枠に対する批判装置であるけれども、第三に、いまもなお自己変貌=自己脱構築のさなかにあるソフトウェアなのである。
う〜ん、わかったような、わからんような。
ほかにも、こんな説明が用意されている。
もともとアヴァン・ポップとは、知るよりも早く演じられてしかるべき装置なのだから
うん、なるほど!
……ますますわからん。
そこで、こちらに「アヴァン=ポップ・マニフェスト」なるものがあったので、それを読んでなんとなく納得した次第である。
とは言っても、少しは自分なりにまとめてみよう。
さまざまな文化および学術的借用(コピペ)をもって構築された世紀末カルチャーというか、これ以上やることがなくなったアートの末期状態において、自身のパースペクティブを俯瞰し、高度資本主義下におけるトレンドという矮小な渦のなかに埋もれないためには、常に構造について意識的であれ、と。ここまではポストモダンか。アヴァン・ポップは、上記を実現するためには電子メディアとマスメディアとの連関が切り離せない。なおかつ、自身のドメインをもたず、越境者として既存の文壇やら流派やらに対する「死ね死ね団」でありたいものだ、と。これは未来派やシュールレアリズム宣言っぽいな。また、ストーリー・テリングなんか知るか馬鹿野郎、設定やらなにやら呑み込みの遅い消費文化に飼い慣らされたオツムに合わせて書いてやるもんか、「セカチュー」なんざ読んでるお前のカタルシスなんか知るか死ね死ねである。ってな感じで、構造について批評的かつ、さらなる高みにたどり着くための技巧的パンクであり、なおかつ、「未来派ミーツWWW」ということである。このあたりが神髄なんだろうな。
……上記の解釈に誤解がなければ、個人的にはその気負い以外のかなりの部分に賛成である。あ、マジにとらないでね。上記は半分以上、フザけて書いているから。
当時この本を私はパラパラ読みした記憶があるのだけれど、手元に残っているあたりにご縁があったという次第。そして、いま読むと面白い! それだけこちらが成長して余裕がでてきたということか(笑)。あるいは本書が先見的すぎたのか。まあ、本書自体がアヴァン・ポップ的手法をもって編まれていたり(構成を把握しづらい、つまりAPそのものだ)、前述のような言説が鼻につく箇所はたくさんあるけれど、タネ本としてはなかなかの力作だったと、世紀を超えてその価値に気づいた次第である。
解説しだしたら、キリがないけれど、特に感動したのは、以前より私がそのマス・イメージからくる誤解を晴らそうと努めているブルース・スプリングスティーンの作品が、本書に頻繁に登場するトーマス・ピンチョン、キャシー・アッカー、ウィリアム・バロウズなどの御大以外に、アヴァン・ポップの先駆として語られている点である。
スプリングスティーン(以下、スプちゃん)に対するプリファブ・スプラウトの批判ソングがスプちゃんへの誤解についての典型例だが、スプちゃん自身は「アメリカ中産階級ウケする価値観と音楽テーストを擁護するだけの曲をつくる、保守的な旗振り愛国野郎(ロック界のランボー)」(本書より)に思われがちである。それはすでに『ボーン・イン・ザ・USA』のヒットをめぐる勘違いからくることはファンの間では定説ではあるが、まあ、それはそれで仕方ない。
本書が画期的なのは、スプちゃんの初期作品『the wild, the innocent and the E-Street shuffle』について、その特異性と実験性について言及している点である。スプちゃんの歌詞が、映画、ロック神話、ストリートトークなどのポップやクリシェを引用しつつ、新たなポエジーを発生させている点に着目、さらに一般人とロック神話のギャップについて扱う曲をメタ・ロックとして定着させた点についてさくっと解説している。また、楽曲についてもロックの文脈内に(今では珍しくもないけれど、当時としては稀少な使用例だったと記憶するけれど)アコーディオン、チューバ、ヴァイオリンを使用したり、ジャズ、ブルースなどの借用をもって新たなロック的ダイナミズムを獲得したことについて触れてもいる。
この解説文の締めくくりはこうだ。
(前略) はっとするほどかっこいい一行を、捨て駒同然に無造作に、しかも次々と放り出したり(ロックでは凄い歌詞ほどあっさり使われる)、それでいてロックの情熱と興奮と過激さは失わない。これだけあげればこのアルバムがAP萌芽期最高の作品であるばかりか、ロック・アルバムとしても至高の一枚であることがお分かりいただけるだろう。
……たまに昔の本を読み返すと、いろんな発見があるものだなあ、という感想でした。
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