現代の作家で、ミラン・クンデラやドン・デリーロなどと並んで、私が尊敬する一人であるカズオ・イシグロの最新作『わたしを離さないで』(原題 「Never Let Me Go」)を読了。
実は米国に出張した際、ペーパーバックを購入し、途中まで読んでいたのだけれど、忙しいので日本語で読むことにして、恥ずかしながら原書は書架に並べたまま。
でも、ペーパーバック版の表紙、すごく魅力的です。
読んでみると、ひときわこの装丁に秘められた意味がわかります。美しいけれど、どことなくはかない感じの、ある意味人工的ともいえる女性の顔に、読了した読者は万感の思いを寄せるでしょう。
英文も端正なものでした。
『日の名残り』のときに思いましたが、ストイックなまでに抑制されたイシグロ氏の文章は、今回、その作品世界の語り手と見事な融和をみせ、緊張を持続させたまま、最後まで一気に読ませます。
そして、その言葉が「きれい」だからこそ、この物語の美しさと儚さ、それに残酷さを一層際立たせます。
優れた作品は、ときに読了後、登場人物たちがあたかも存在したかのように、あるいは物語で起きた出来事が実際の経験のごとく心に傷を負わせたりもするののですが、この『わたしを離さないで』も、確実に私の心に痕跡を残しました。私も主人公と同じように、登場人物たちと一緒にすごしたような気がし、だからこそ、心が抉られたように「痛い」のです。
You were watching me, and when I realised, and I opened my eyes, you were watching me and I think you were crying. Why was that ?The Song, I said. it was called 'Never Let Me Go'. Then I sang a couple of lines quietly under my breath for her."Never let me go. Oh, baby, baby. Never let me go...
ある意味、本作は『日の名残り』のSFバージョンという見方もできるかもしれません。
はっきり言って、大傑作です。『日の名残り』はその技法に感嘆しつつも、今回のように涙で読み進むことができないということはありませんでした。
涙に暮れた、といっても、よくある「泣かせ」系の三流小説とは決定的に違います。むしろ、それとは対極にある作品です。
荘厳かつ簡素、単純かつ複雑、そして愛しくも怜悧な、人生そのものがもつ悲しさについて書かれているのが本書です。物語は、私たちのことではないのに、私たちそのものについてなのです。
これからも、あらゆる国の人々から長く読まれる一冊となるでしょう。